―人口減少時代に輝くためのヒント―
(株)NTTデータ経営研究所 社会・環境戦略コンサルティング本部
パートナー 村岡 元司 氏
求められる移住希望者の意思決定プロセスを踏まえた対応
移住に注力する自治体が増えている。ポスターやパンフ等を準備して地域を宣伝し、移住希望者からの連絡を待っている自治体も多い。
一方、移住は人生における大きな意思決定であり、移住希望者は出来る限りの情報を入手した上で決定を下したいと考えている。移住実現のためには、この希望者の意思決定プロセスに沿って的確な対応を行うことが重要だ。意思決定モデルの参考例として消費行動に関するAIDMAモデルがある。同モデルを主要な移住候補者である団塊の世代の方々に適用した結果が図-2である。
現行のパンフ等を利用した宣伝活動は、図-2の認知段階と感情段階の一部の活動に該当するが、潜在的な移住候補者の注意を喚起し、移住について興味や関心を持ってもらうための対応が不足しがちだ。また、移住希望者からの照会への対応は感情段階のうち地域を確認する段階に該当し、量的には十分だが、質の面で改善の余地がある。以上を踏まえ、移住実現のためのポイントを段階ごとに紹介することとしたい。
地域を知ってもらい移住に興味を持ってもらうための4つのポイント
ポイント1 外の目を生かした地域資源の客観的な把握・再評価
地域の売りが明確でないと、移住希望者に何をアピールするかも定まらない。一方、アピールポイントに嘘があると地域イメージの悪化を招く。従って、客観的に地域の特性を見直すことが重要だ。客観性確保のためにも、地域外の人や地域内の既存移住者から見た地域の評価を参考にすることは意味がある。但し、外部意見が役に立つのは自らが必死になって地域のことを考えた場合のみだ。伊達市の場合、自らの地域の長所を考え続けた上で外部の有識者等の意見を参考にした。こうして見出した地域の特性が“北海道にしては雪が少なく温暖な気候”だった。この特性を生かした地域づくりのコンセプトが“人の誘致”である。人を誘致するためには、住環境が重要だ。こうして“誰もが住みやすいまちづくり”が始まったのである。誰もが住みやすいということは、高齢者にとっても住みやすい。結果、団塊の世代を中心とした移住が促進されていった。
ポイント2 ターゲット層の明確化・ニーズの把握
例えば、団塊の世代の人々には時間的に拘束されない形で社会の役に立ちつつお小遣い稼ぎにもなる働き方を希望する声が意外に多い。こうした声に対しては、コミュニティ・ビジネスとの連携など自由な働き方を許容する働く場の創設も考える必要がある。その他、医療サービス、ショッピング、安全安心な住まい、交通手段など、暮らしのために求められる要件を把握することが重要だ。
ポイント3 官民連携と広域連携の仕組みづくり
伊達市では、市主導で伊達市ウェルシーランド構想を策定後、地域の民間を巻き込んだ研究会を立ち上げ、住宅流通・IT・生活支援の3部会を中心に構想事業家のための研究や実証等を実施してきた。この活動は「豊かなまち創出協議会」に引き継がれ、公共はビジョンを示し、民間はリスクをとって競争原理に基づきビジョン実現に向けた事業化等を推進するPPPとは異なる官民連携の仕組みが構築されている。その結果、安全安心な住宅の提供、交通手段の確保等は現実に民間事業として動き始めている。また、市民の心の拠り所を目指してボランティアや絵画教室等の文化活動も盛り込んだ。このように、公共と地域企業と住民の官民連携の仕組みを構築することが重要である。さらに、一地域だけでポイント2の要件を満たすことが難しい場合には広域連携を考えることが望ましい。
ポイント4 言霊力・ストーリー性を生かしたマーケティング
重要なことは、広告費用をかけて広報するのではなく新聞やTVに記事として取り上げてもらうように仕向けることだ。そのためには伊達市の「北の湘南」に象徴されるような言霊力のあるネーミング、商品やサービスの背景にあるストーリーの提示等に配慮する必要がある。また、早朝のラジオなど、特定のターゲットにアクセスしやすいメディアを使い分ける工夫も重要である。単なるパンフレットの配布にとどまることなく、企業のマーケティング手法等を参考にしつつ、効果的なマーケティングを心がけることが重要だ。
地域を確認する段階の2つのポイント
ポイント1 民間商品と地域生活の体験のパッケージ化
移住への関心が高まった後の段階では、ショートステイやロングステイ等の仕組みを設ける必要がある。これらは既に民間企業の商品となっており、同企業と連携することも一案だ。但し、既存商品には交通(飛行機、電車等)と宿泊(ホテル、コンドミニアム等)をセット化しただけのプランが目立ち、確認の重要なポイントである地域生活の体験サービスが組み込まれていないことが多い。そこで、官民連携のもと、地域住民との交流、先行移住者との情報交換、地域活動への参加を通じた住民とのネットワークづくり等と組み合わせたステイの仕組みを構築することが重要である。
ポイント2 プロダクトアウトからマーケットイン
移住希望者の住まいや働き場所の確認について、地域企業が手持ちの物件や案件リストの中だけで最適なものを紹介し、希望者に商品を売りつけられる等の警戒心を抱かせることもある。こうした事態を避けるためには、地域企業等が遵守する一定のルールを定め、移住希望者は同ルールに従った企業から自分に見合った会社を選択する方法が考えられる。これは、伊達市の安心ハウスで採用された仕組みである。こうした仕組み等を通じて、プロダクトアウト型の既存商品売込み型の活動をマーケットイン型に切り替えることが重要である。
移住から始める地域づくり
ある自治体の試算によると、3000世帯の移住者誘致で5700億円の経済効果が期待されるという。ただ、それほど移住は簡単なものではない。むしろ、地域ぐるみで実施する移住施策により、地域の魅力を向上させる価値にも目を向けるべきだ。移住誘致の過程で地域が変わり、住民向けの地域サービスも含め、地域の内部から経済活動を強化することが出来れば移住による地域活性化は十分可能であるといえよう。